東方語り。

このブログ、一度書いてて間違って消してしまいました…('A`

幸か不幸か辛いことがあって、あまりROに戻りたくないと思っているがゆえにROから抜け出しつつある昨今。
オフラインで東方やってます。




東方とは、幻想郷と呼ばれる地を舞台にした物語の総称です。
その中でも紅魔郷・妖々夢・永夜抄・そして最新作の花映塚は、シューティングゲームとして発表されました。

作者であるZUNさんは、今商用のシューティングゲームに疑問を抱いているようです。

一昔前に比べれば、確かに恐ろしいほどゲームは進歩していると思います。RPGひとつとってみても、80年代のドラクエをやってきた私が初めてFF5に触れたあのときの感動は今でも忘れられない。それがさらに進歩して、いまや映画を見ているかのようで…

しかし、こういったテレビゲームがメジャーになり、氾濫するようになった昨今。ZUNさんいわく『ゲームをするという行為が反社会的だったらから面白い部分もあったんです(笑』…おいおいw
閑話休題、テレビゲームが老いも若きもたしなむようなものになってきた今、氾濫という言葉が似合うようになりました。それゆえに無駄に斬新さや難易度を要求したものが増えたり、あるいは駄作が多くなった結果間違った認識(と、ZUNさんがおっしゃっている)が広まるようになりました(後述)

まずは斬新さという論点からいきましょう。
たとえば格ゲーひとつとってみても、さらに具体例を挙げるとギルティギア。
昨年発表したイスカは、2D格ゲーでありながら4人同時対戦ができるという奇抜さ、またこれ自体は実は新しい考えではなかったりしますが戦いの場とするラインが手前と奥の二段制だったりしたこと。少なくともアーケードではこれまでありえなかった斬新さといえます。

…が、ウケることなくあっさりゲーセンから消えてしまいました。そりゃ2対1になった地点で全国トッププレイヤーでも一般プレイヤーに負けるんじゃねぇ…
もとより斬新なシステムや、既存の格ゲーと根本的に違うところに主眼を置いたことで大ヒットしたギルティだから、行き過ぎが裏目に出たというところでしょうか。

また、ZUNさんは『デモはゲーム外、演出や見た目にこるのはゲームの敵』とおっしゃっています。
正直私もこのような考えを持っていただけに、初めて読んだときは驚きました。
でも確かに考えてみると、往年のスクウェアのRPGの演出にすごく感動して、だからずっと心に残っているような、そんな気がします。
ZUNさんは、このような間違った認識を持っていると、ゲームは収縮し魅力を失ってしまう、とおっしゃっています。

思うになぜこのような現象が起きるかというと、それは技術の進歩に対しゲームを作る人たちがついていけてない、という気がします。
かつてRPGは、今の携帯電話以下の容量で作っていた。当然、今とは比較にならないほど限定された環境の中で。
そんな中で、作品を面白く見せるために、制限された中で目いっぱい演出をひねって見たりエフェクトをつけてみたり、そうしてきたのではなかったでしょうか。その都度私たちはそれに魅せられ、物語を面白いと感じてきた。そのスパイスが、演出や見た目なのではないでしょうか。

少しエロゲーの話をすると、10年ほど前に『痕』というゲームがありました。
当時表現できた色は256色。しかしながら、その限られた環境下で描かれたCGの美麗さは、はじめてみたときとても感動した記憶があります。悲しい物語を引き立てるその色使いは素晴らしかった。そして、ハッピーエンド時の明るい色も。
今は、あのころがちょうど過渡期になって、急激にハードもソフトも進歩しつつあります。けれど、その進歩した技術を生かしきれている作品が、決して多くはないな、とも思います。

演出や見た目は二の次三の次で、ゲーム性こそが全て…果たして、そうでしょうか。
たとえばギルティギアは、その斬新なシステムと世界観を、それぞれのキャラの個性的な必殺技やそれぞれの特徴で表現していたように思います。
もちろんゲーム性がないのも困りものですが、そればかり先行しては、たとえるならご飯だけあっておかずがないようなもの、かな。

ZUNさんはこのようにおっしゃっています。
『純粋で練り込まれたゲーム性が基底にあって、その上に人を引き付ける為の見た目や演出や設定を入れるのが今の方法論ならば、ゲームの中に存在するものは全てゲームであり、ゲーム性や見た目、システム、設定等全てを「一番見せたい物を魅せる為の材料」にする、というのは古い方法論なのかもしれない』

一番見せたいものを魅せるために、全てを…
つまり、そう言うことなのでしょう、大切なこととは。

ギルティギアで言うならば、斬新なゲーム性、ド派手な演出、設定、システム…それらは全て、ギアという罪深い改造生物と、それを生み出してしまった罪深い人間の生きる、そんな世界を表現するためのものであると思います。

そうやって、とてもとても伝えたい、魅せたいものを120%面白くするために、演出や音楽があり、そして斬新なシステムがあるのだ。
小説で言えば、表現したいシーンを深く心に染み入るように伝えるために、言葉を飾っていくのと同じでしょう。




さて、東方というよりその作者の思いについてひたすら語ってきたわけですが。
肝心のゲームはというと、最初に作者様がおっしゃられたとおり『弾幕STG』です。
とにかく弾幕避けないと話しになりません。除ける、なんてことは邪道ですよはい。
ある絵師の方は『まるで花が咲くかのように耽美な弾幕に魅せられてしまいました』と語ります。言われてみると弾のひとつひとつが花びらのようで、それが弾幕となるとまるで花が咲き乱れているかのように見える…
逆に言うとそれほど激しい弾幕です。はっきり言って

無理(;´Д`)

です。私はSTG得意じゃないです。
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大体こんな感じです。
これは、弾幕STG第2作・東方妖々夢の第2ステージのボスである、橙(チェン)との戦いですね。プレイヤーキャラにはメインヒロインの霊夢を使っています。
ちょっとSS撮影する都合上何度かミスって残機減ってますw

このゲームのボスは、それぞれスペルカードという特殊な弾幕を、一定地点までライフが減ると使用してきます。
これを使ってきたとき、反則的な弾幕でプレイヤーを圧倒します。
それぞれのスペルカードは、さらにボスのキャラごとに特性があり、それゆえにゲームにぴったり合うようになっています。一瞬だけ時間がストップしたりとか、プレイヤーの視野が極端に狭まったりとか…
そしてそれぞれのスペルカードは名が与えられ、見た目に意味を持たされています。ボス戦前にはキャラの立ち絵が出てきて会話が交えられ物語性を持たせ、そして音楽によって弾幕とキャラをあわせる。
弾幕STGという名の通り、全ては弾幕を魅せるための、前述どおりのZUNさん流の演出なのですね。

少し話がそれました。

何人か使用可能キャラがいて、私はメインヒロインである巫女さんの 博麗 霊夢 かメイドさんの咲夜を使ってます。
PCにもそれぞれ弾幕に特徴があり、オートホーミングしたり波状に広がったりあくまでも直球勝負だったり高速移動したりと多彩です。

長くなりすぎたのでこの辺にして、東方の萌え語りについては次回に譲ることにします。
とりあえず━━
長文になりそうなときはまずテキストファイルで原稿書くようにしよう…
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by silver-dream | 2005-09-04 12:25 | 雑記
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