村上春樹『うずまき猫の見つけ方』その1

ある日のこと。
いつも即売会で使う鞄がだいぶ汚れてしまっているので洗濯しようとしました。
で、中身を出しているとポロリと転げ出たのは図書券。
それも5000円分。
|ウサギ小屋|∀`)b




それを手にルンタッタとご機嫌で本屋に向かい、結局買ったのは村上春樹の本を3冊ほど。
まだ1冊目のエッセイ『うずまき猫の見つけ方』を読んでいます。


この人はありきたりのことを面白く書くのがうまいなぁ、と思う。
文章を書くのがうまい人って得てしてそうだと思いますね。
それはSS作家に限らない。ちゃんとした作家さん、っていうのはありきたりの毎日をとても面白おかしく読ませてくれる。
私? ごめん無理。プギャーとか言うなそこ。
|ウサギ小屋|つ∀`)


日記のタイトルにその1と銘打ってあるのは、今日はこの本の中の一部を取り上げてみようと思ったから。また読み直してみて、思うところがあれば取り上げると思います。

で、今日は『小確幸』というものについて。

例えば忙しかったりすると、ささやかな休日でも幸せを感じると思う。
でも結局1日はゆっくりと駆け足に流れていってしまうから、あー明日から仕事(あるいは学校?)かぁ、とか思ってもやってくるもので。
明けない夜はないからねぇ。

でもどうだろう、長いことぐーたらした生活ができていると、それが当たり前になって、もっとだらだらしたいとか、どんどん惰性がひどくなっていってしまうような。

幸せっていうものはいろいろあるだろうけど――私なりに『幸せ』というものについて考え方はあるけどとりあえず今は割愛――でも、ささやかで、でも確かにそこに存在する幸せをそれと感じるには、やっぱり普段が忙しかったりするからなんだろうなぁと思う。
毎日が日曜日じゃ日曜日ったって何も変わらないでしょ?
あーちなみにここ半年の私は休日の方が嫌いでしたが。
だって模擬試験が(´∀、)

さておき。

幸せを見つけるには、何らかの代価が必要なんじゃないかと思う。
例えば忙しい毎日とか、あるいは――何かのこだわりとかね。
作中村上春樹はこう言っています。

『生活の中に個人的な『小確幸』(小さいけれども確かな幸福)を見出すためには、多かれ少なかれ自己規制みたいなものが必要とされる。例えば我慢して激しく運動した後に飲むきりきりに冷えたビールみたいなもので、「うーん、そうだ、これだ」と一人で目を閉じて思わすつぶやいてしまうような感興、それがなんといっても『小確幸』の醍醐味である。そしてそういった『小確幸』のない人生なんて、かすかすの砂漠のようなものだと思うのだけど』
(126ページ)

例えば――対戦ゲームの話なんだけども。
何が何でも勝てばいいのかなぁ? と思う。
いやまぁ、勝てば官軍って言葉もあるし勝つことに意義があると思ってる方もいらっしゃるでしょうから、『ひとつの正義』としては決して間違ってないのですが。
勝ちに執着してしがみついて、その先に何があるのかなぁ。
と、そう思うようになったのはいつからだったろう……もう、随分と前からだなぁ。

つまらない勝ち方なんて意味はない。
誰もが負けたとき、それを納得できるような。そんな勝ち方、打ち負かし方がしたいと思う。
とにかく何でもいいから相手を押しつぶせばいいや、なんて見苦しい。って思う。

でもその一方で。
実力ある強い奴が勝つんじゃない。勝った奴が強いんだ。
ってことも忘れちゃいけない。
結局何言ったって勝てば官軍なんだから。負けるほうが悪いワケ。

まあ、私は。
自分が勝っても負けても納得したい。そんな勝負がしたいと思う。
後腐れのないそんな勝負って素敵だと思うんですよね。
それが理想。ギリギリ限界の勝負をして最後に笑い会えたら素敵。
そんな時に、私の『小確幸』を感じられるのかなぁ。
[PR]
by silver-dream | 2006-04-30 21:03 | 雑記
<< 報告というか宣言というか。 |ウサギ小屋|∀`) >>